死んで欲しいと思ってしまった
うちの親父は物静かな大工だった
物心ついた私の記憶では大変優しく強い父のイメージだ
思い返せば力仕事なのに文句も言わずに週末になると
色々な場所へと連れて行ってくれた
爺ちゃんも元大工で記憶の中ではもう既に引退をしていつも婆ちゃんと爺ちゃんは家にいた気がする
母親はパートというごく自然な共働き夫婦だ
凄く小さな時に長屋のような家の記憶もある
井戸もあったような…裏庭には柿やらの木が色々あった
小学生になった辺りだろうか親父が家を建てる事にした。
それを聞いた私はなんだか凄く嬉しかった
その後の記憶は曖昧だが幸せだったと思う
ただ爺ちゃんが変わり者、いやそこまでではないか
亭主関白であり自己主張が強かった
小学生高学年になったある日
爺ちゃんが包丁を持ち出し暴れたのである
私には記憶がないが母親と婆ちゃんは結構泣かされていたらしい
3度目の包丁騒ぎだろうか高学年の私は台所に行き包丁を取り出して爺ちゃんとやり合ったのだ
どこまで躊躇していいのか分からない小学生VS爺ちゃん
これはこれで爺ちゃんも軽く包丁を振り回すのだが小学生の私の本気の振り回しに
これはまずいと思ったのかその後包丁事件は無くなった
そんな波瀾万丈な家族を黙ってうまくサポートしていた親父を今なら尊敬するが
その後の私はと言うと大きくなるに連れて
情けないとか恥ずかしいなどと思っていたのだ
そんな親父の会社がある時
棟梁がもう年だし息子に任せるのは無理だと
そこからだろうか何かが狂い始めたのは
景気も悪くなる一方だったが
独立を決め一人親方として働く親父
親父は基本的に優しい人だ
私に良く言うセリフは
(人に優しい人間になれ)
おかげで損をする人生にはなったが
人には助けらる人生にもなった
独立した親父はある大工に出会う
気さくな感じだが何か好きになれないk氏
k氏もまた一人親方だったと思うが不詳
そんなk氏だが親父に仕事を依頼してくるので
苦手だが挨拶だけはしていた
何年かした頃に親父がボソッと言ったのだ
この間の仕事の金が払われないと
その頃私も働いていたので周りでお金が払われないなどと言う話はちらほらと聞いた事があった
まさかとは思ったが徐々に働いた分のお金が払われないようになったのだ
人を疑わない人に優しく
そんな親父の性格につけ込むようにk氏は50万以上近い金を払わずにいたのだ
同時期に親父が腰が痛いと言い出し検査を受けた
生まれつき背骨の一部が曲がっていたとかなんとかって話だった気がする
手術をしないと治らないと言われ手術をしても失敗するかもしれないと
どちらにしても動けなくなるならと手術をした親父だがやはり働くには辛いとなり
仕事も減らした
そこからは悪い方向にしかいかない
働けない ストレス 昼間から酒
親父は大の酒好き 夜中に目を覚ますと焼酎をそのまま呑むのだ 喉が渇いたと言いながらペットボトルの片手にごくりごくりと
段々と酒の量も増えて行き
愚痴や酒乱の気も増えて行った
もちろん暴力などが発生するならば
私が返り討ちにしてあげるのだが
私にも昔ヤンチャをして迷惑を沢山かけた記憶が邪魔をして強く言えないでいた
だが夜中の奇声にも似た声が毎日のように続くと我慢出来ずに声を荒げて親父を罵倒してしまったのだ
そして心の中でもう死んでくれって思ってしまった
その後サザエと出会い結婚をする事に
実家で同居…これも悪かった
酒を呑んでいない時は問題ないがやはり酒が入ると人が変わってしまう
母親や姉とも話し合い色々やってみたが
サザエが限界をむかえ家を出て行った
これは流石にやばいと思った私はアパートを借り
実家を出た
その後の親父は相変わらずだったみたいだ
母親や姉もかなり苦労したらしい
そんなある日親父が私に飯が喉を通らない
癌かもしれないと
私は親父と母親を検査の為仕事を休み病院へと向かった
その帰り道に大丈夫だよと元気つけようと
寿司屋に行きお酒が呑みたいと言い出した親父
今日は好きなだけ呑ませてあげよう
それがいけなかった
呑みすぎて酒に呑まれちょっと口論になり
良かれとした事がこれかよと苛立った
その後の検査結果で食道がんだと知らされた親父だが相変わらず酒は呑んでいたみたいだ
だが癌が進行し胃瘻の手術をしなければどうにもならないと言われ私たち家族は胃瘻をする事に決めた もちろん本人の希望もあった
今思えば生きたかったのかとも思う
それから親父は酒も呑めなくなり
日に日にやつれて行った
胃瘻にあたっては親戚に後程胃瘻だけはやっちゃダメだよとか言われたがお別れの時間を少しでも遅らせたかった私たちは後悔はしていない
もしかしたら寝たきりで植物状態になるかも知れないとも言われたがそれはそれで生きてはいるならとも思えた
徐々に死期が近づいていくと親父は昔のように優しい人に戻って行った
痛いはずなのに愚痴も文句も言わずに痩せ細った体でニコニコして
死ぬ間際に意識が朦朧としていた時に親父は何故か俺の名前を呼んだのだ
私は親父の背中をさすりながら今までの
優しくて強い親父との思い出が蘇った
なぜ私は忘れていたのだろう
当たり前じゃない事を
無償の愛を注いでくれていた事を
死んで欲しい…
私の胸の中にはいまでも棘のようなこの気持ちがある
最後に
酒が呑めないなら死んでもいい
酒を呑んで死ねたら本望
この言葉通りにだよ
お盆には大好きだった酒を持って行ってあげようかな
だがまた口論になるんじゃないかな
まっそれはそれでも良いかな